野口英世という科学者
- DBPM
- 2020年8月6日
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「野口英世」というとなにを思い浮かべるだろうか?
「千円札の肖像」、「黄熱病」といったところだろうか。
近年になって多くの科学者たちが野口英世を強く非難する傾向があるようだ。
たしかに野口の研究成果は今日の目から見ると間違っているものも多い。しかし、野口が研究していたのは今から100年近くも前のことだ。100年前の科学者の研究成果が現代の科学者たちがよってたかって非難する、という例は極めて異常だ。野口以外に例がない。
それほどまでに野口の影響力が強いということなのだろうか。
そんな野口の研究とは本当はどのようなものだったのか?
多くの野口を非難する科学者は渡辺淳一氏の「遠き落日」とイザベラ・プレセット女史の「野口英世」の二冊を参照していることが多い。「遠き落日」と「野口英世」の二冊は確かに優れた小説と伝記だ。しかし、科学者ではないこの二人が執筆した本だけを参考に「現代の科学者」が「100年前の科学者」の業績を非難するのは「科学者」のやり方としては問題があるかもしれない。
そこで今回は野口英世の実情に迫る書籍の紹介をしてみたいと思う。
まず、野口の業績に関してもっともわかりやすく執筆されているのが中山茂の「野口英世」(朝日選書)。
これだけで物足りない人には小暮葉満子「野口英世 21世紀に生きる」がオススメ。
さらに研究業績まで詳しく知りたくなった人には鳥山重光「黎明期のウィルス研究」を強く勧める。専門性が高いのでサラリと読みとおせるものではないが、満足度は高い本だ。
野口英世のアメリカでの私生活については不明な点も多い。
それらに光をあてたものとしては浅倉稔生の「フィラデルフィアの野口英世」と飯沼信子「野口英世の妻」、山本厚子「野口英世、知られざる軌跡」が断然オススメ。
英語が読めるなら野口英世のアメリカ時代の上司サイモン・フレキスナーの伝記「An American Saga」も忘れてはいけない。
今まで野口英世に関しての本が日本では多数発行されているが、このフレキスナーの伝記を誰も取り上げていないのはどういうことだろうか?プレセットの「野口英世」とは比べ物にならないくらいに資料価値が高い一冊だ。なぜなら、これを書いたのはフレキスナーの実の息子で伝記作家のジェームス・T・フレキスナーだからだ。
ニューヨーク時代に野口夫妻と同じアパートに住み、野口の親友と言われていた日本人画家、堀市郎の伝奇も出版された。
日本人ハリウッドスターの早川雪州と野口の交流も書かれた貴重な一冊。
野口英世という科学者の影響力の大きさを考えさせられる。
100年近くたっても非難されるのはなぜだろうか?現代の科学者にとってルサンチマンの解消なのだろうか?よくわからない。
純粋に科学者として「間違った結果を発表した」ということを非難するのだとすれば、野口以外にも多くの科学者がいる。同時代(20世紀初頭)の医師としては森鴎外の「脚気伝染病説」のほうが学問的には問題が大きい。森の場合、自説の展開に際して「軍医総監」という政治的立場も加わったため、学者として「間違った意見を述べた」ことの影響力は野口以上かもしれない。
しかし、今日の科学者で森を非難しているのはあまり聞かない。
誤解しないでほしいが、森鴎外を非難しているのではない。100年前の間違った「科学の説」を現代の我々が非難するのはフェアではない。ただ、もし「100年前の野口の間違いが許せない」というポリシーの元に野口を「現代の科学者」が非難するのであれば森鴎外の間違いは我慢できないはずだ。
それをしないで野口だけをひたすら非難するのは大人げないし、科学者としての資質にもかかわるのでやめたほうがいいのではないだろうか・・・・。
いや、非難すること自体は問題ないだろう。野口も科学者である以上、後世になって非難されてしまうのは「学者の宿命」かもしれない。
しかし、「遠き落日」一冊だけを根拠に、というのはやめるべきだ。
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